さよなら
2006.9.09(SAT)、札幌KENTO’Sが20周年を迎える前にFINALを迎えた。
と、言っても今年11月13日に場所を変えてリニューアルするので、本当に店を閉めるわけではない。
1992年に調理師の仕事の一区切りを付け、俺はアルバイトから札幌KENTO’Sで働いた。
右も左もわからないリーゼントの兄ちゃんだった。
その頃の話は書ききれないくらいにたくさんあるが、今回は札幌KENTO’SのFINALの話をしたい。
通常のKENTO’Sは18:00OPEN~2:00CLOSEだが、この日は特別1:00に一度CLOSEし、2:00~6:00までその別れを惜しむかのようなイベントであった。
1986年にOPENし、ビルの売却のため移転を余儀なくされたこの店。
その店の最後らしい、Liveによるサヨナラが最高の店への感謝のイベントだった。
9日21時前に店に行ってみたが、既に予約等で満席。150人は入る店なのに・・・・・。
俺が辞めた後、店長として店を動かしてきたシカト氏に予約状況を確認したが、当分並んでいても入店は難しそう。
「2時からのイベントにしようか・・・。」やむなく帰ろうとした時、知人のコウタニさん「あれ、どうしたの?」
10人で予約していたが、キャンセルが出て6人になったという。
幸いな事に一緒に店内に入ることが出来た。5年も前に辞めた店だが、人脈が助けてくれた。
実は辞めてから5年間DirtyでのLiveを含めて、この店に足を踏み入れたのは4回目。
確かに行きづらさが足を遠のけていたのは否定できない。
だが、この日だけはいろんな人の誘いもあり、なにより思い入れのある場所のFAINALには絶対に行こうと思った。
バンドメンバーは変わっている。俺が働き始めた92’年からずっといるのはGuitarでバンマスを勤めるJimmy氏のみだ。
その後幾度とメンバーチェンジをしたが、キーボード以外の6人は全員知っている顔だった。
バンドの質はメンバーが変わるたびに振り出しに戻され、またレベルが上がっていると思う。
それぞれの個性を活かした選曲と、構成。
そのステージは見る者をノせてあっという間に時を進める。
昔はリーゼントはスーツネクタイ着用で、女性同伴ではないと入店できなかったKENTO’S。
今はリーゼントの人を探すのも難しいくらいロケンローラー人口が減ってなのか、リーゼントにブーツ、バッグストラップ突きの702を履き、龍の長袖アロハを身にまとった俺を一般客同様に迎え入れてくれた。
ただでさえ、目立つと思い控えめにしていたつもりだが、知っている顔が俺を見付け挨拶に来てくれる。本当にありがたかった。
店内を見渡すと、あの頃とほとんど変わっていない。
俺が作ったバスドラのバンドロゴやトレンチの裏のカッッティング、ここで作ったホールスタッフのマニュアルやLive最中の照明のテクニック、KENTO’Sオリジナルカクテルは俺が考えただけでも20種類は越していたと思う。
酒が飲めない俺だが・・・・・。
あっという間に1時を迎えたが、ステージの興奮も冷めず2部へ。
1部の清算を済ませ、店外に出てみるともう既に長蛇の列。
みんな2時からのオールナイトに並んでいる。
スタンディングで店内に入ることが出来た。
いろんな懐かしい顔の面々、お客さんやバンドメンバーや元スタッフ等それぞれとの接点を朝まで語り明かした。踊りまくった。お互いの絆を確認しあった。
懐かしい、元メンバーによる演奏もあった。
なにかずっと喉の奥に引っ掛かっていたものが取れた気がした。
この場所での想い出の店が寂しさと、なぜかほっとした例えようのない安堵感。
自分の存在価値を裏付ける言い訳探しをしに来たのかもしれない。
地下鉄に揺られながら自宅へと帰る途中、そんな事を考えながら汗で乱れたリーゼントを整える日曜の朝。
札幌KENTO’Sありがとう!
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コメント
ピーター・ガン☆
OK♪
君がおこなった貢献が最高だったに違いない。
そして、受け継いだ彼らも・・・同じに最高であろう。
投稿 shanana | 2006.09.11 20:32
確かあれは1986年11月、新しいオールディーズ・ライブハウスができるということで、俺らはワクワクしていた。
店はいつも超満員。スーツ姿で女連れじゃないと、入店できなかった。ヘタクソなくせに踊りまくった。女の子をドッチャリ連れてステージ前を陣取った。
俺の目と耳は、ベースを弾くバンマスに釘付けになった。家に帰ると、ほとんど触ることもなくなっていたベースギターを、またひっぱり出した。何度となく通ううちに、バンドメンバーと話すようになり、もうやめていたバンド活動を再開するキッカケになった・・・
いつのまにかKENTO'Sには行かなくなり、長い長い時間が経った。2002年12月、ダーティー・ダンディと出会い、そのメンバーになった。
ダーティーのライブで、約20年弱の時間を越えて、憧れのバンマスに再開した。もちろんバンマスは俺の事なんか憶えているワケがないが・・・
全てが俺の中でつながっている。
KENTO'Sでのバンマスのベース・プレイに出会わなかったら、今のダーティー・ダンディな生活は無かっただろう。
その思い出のKENTO'Sが消えてしまった・・・
残念な気持ちがつのり、KENTO'Sの思い出を書いてみたよ。
オチが無くてゴメン!
投稿 テツ | 2006.09.12 01:00
Shananaさんコメントありがとう!
自分の古巣にはやっぱり頑張って欲しいと思います。
今、2ヶ月の充電期間を経て彼らはきっとパワーアップして戻ってくるに違いない。
今回のFAINALは終わりではなくてスタートです。
テツさん、いろんなエピソードがあったんですね。
それはテツさんのルーツですね。
それぞれの人にそれぞれのルーツがある。
これだけは言えるのはテツさんと俺のルールにはKENTO’Sが、欠かせないと言うことだと思います。
投稿 ロケンローラー | 2006.09.12 07:40